裁量労働制②運用方法は?時間管理は不要?残業代を払うべき?

前回の続きです。

今回は、どういう場合に裁量労働制を採用することができるか、特に、どの程度まで労働者に裁量を与える必要があるのかといった点について、「本来あるべき」裁量労働制を解説していこうと思います。

「裁量」がなければダメ!

対象業務

(前回記事に掲載したものと同じです)

  1. 新商品・新技術の研究開発又は人文科学・自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システムの分析・設計の業務
  3. 新聞・出版の事業における記事の取材・編集の業務、放送番組の制作のための取材・編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務(デザイナー業)
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー、ディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(コピーライター)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを適用するための方法に関する考案・助言の業務(システムコンサルタント)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(インテリアコーディネーター)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務(ゲームソフト作成者)
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(証券アナリスト)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融(金融商品開発者)
  12. 大学研究者
  13. 公認会計士
  14. 弁護士
  15. 建築士
  16. 不動産鑑定士
  17. 弁理士
  18. 税理士
  19. 中小企業診断士

当然ではありますが、1~19の職種に該当する場合であればどのような制度設計でもいいわけではなく、業務の遂行手段や業務時間について、使用者から具体的な指示がされている場合には裁量労働制を適用することはできません。例えば、①の研究開発業務における製薬や新製品の開発業務を想定していただければ分かりやすいと思いますが、プロジェクトチームを結成し、チーフが業務遂行や時間配分を部下に指示している場合、指示されている労働者には裁量が無いため、裁量労働制は適用できません。また、いわゆるプロジェクト内でコピーなどの雑務のみを行なう人も、同様に対象外となります。

明確な指示がなくても、就業規則等で細かい服務規律を定めたり、成果品に対して細かい注文を付けて何回もやり直しを命ずれば、業務遂行の裁量が狭くなりますし、納期やノルマが厳しく働き詰めになってしまうような場合には、事実上時間配分が制約されていることになります。社内の人間に限らず、元請会社からの細かい指示や厳しい納期が課されている場合にも、その分裁量が制限されるため、裁量労働制が取れない可能性も出てくるでしょう。

「裁量」と「自由」は違う?

ここで良く質問されるのは「全く指示が出せないのか」ということですが、「このような開発をお願いしたい」「こういうサンプルがほしい」といった業務の大枠を指示したり、会議の出席を義務付けることはできるでしょう。労働契約の一種である以上、使用者の指揮監督権自体は存在することが前提となっていると解さざるを得ませんので、進捗確認や業務内容の大枠を指示することは、想定されていると見るべきです。進捗確認のための社内会議やクライアントとの打合せなどによる時間的拘束があることは当然想定されます。私のような弁護士という自由業であっても、決められた裁判期日には出席しなければなりませんし、クライアントとの打合せの時間には事務所にいる必要があるのと同じです。

要するに、仕事に裁量があるからといって、時間的・場所的拘束が一切無い自由な働き方というわけではないので、その点は、労働者の方も誤解されている部分があります。しかし一方で、ミーティングと称して毎朝9時に出席が必要な会議を開催しているなどの場合には、事実上出勤時間を拘束していることに他ならないので、裁量労働制の趣旨を逸脱しており無効だと解される可能性が非常に高く、結局はバランスの問題ともいえます。労働者主体で打合せの機会を設けたり、打合せを週1にするなど、拘束の程度に注意する必要があるでしょう。

また、就業規則上は始業時間と終業時間を定める必要があるため、裁量労働制の対象となる労働者にも形式的には適用されます。もっとも、労働時間をどのように使うかについては裁量があることから、就業時間を拘束することとは矛盾することになります。一般的には、出退勤についても拘束してはならないと考えられており、就業規則上の就業時間は、あくまで参考程度というイメージになります。就業規則では

第●●条
1 裁量労働適用者の始業・終業時刻は、第●●条で定める所定就業労働時刻を基本とするが、業務遂行の必要に応じ、裁量労働適用者の裁量により具体的な時間配分を決定するものとする。
2 裁量労働適用者の休憩時間は、第●●条の定めによるが、裁量労働適用者の裁量により時間変更できるものとする。

と定めるのが通常です。もっとも、出退勤の裁量があるだけで、欠勤の自由があるわけではありません。したがって、欠勤すればその日の賃金は控除されます。あくまでみなし労働時間制度は、欠勤した日まで働いたこととするわけではないことや、裁量労働でも年次有給休暇制度の適用があることから、出勤することが前提となっていると考えられるからです。(そもそも出勤自体に裁量があれば、年次有給休暇自体がいらなくなるはずですので。)もっともこれらについては、契約によって別途定めることができ、実際には出退勤等まで含めて裁量ありとする場合もありますので、制度設計においてどこまで自由を認めるかは検討すべきかと思います。

企業は時間管理をしなくても良い?

もちろん、答えはノーです。裁量だからといって、企業が一切時間管理をしなくて良いわけはありません。裁量労働制であっても、深夜手当は払わなければなりませんし、休日出勤させれば、休日手当は全額払う必要があります。過労死といった労災については労働時間が一つの目安になること、会社には健康配慮義務があり健康・福祉確保措置をとらなければならないことから、時間管理はしっかりした方が良いでしょう。タイムカードや出勤簿で管理することと、裁量労働制は矛盾するものではありません。

ただし、出勤している日については、極端な話をすれば5分だけ仕事して帰ったとしても、しっかりみなし労働時間分の賃金を払う必要があり、帰宅を止めることは原則としてできません。みなし労働時間未満の勤務日について賃金控除をするという会社が時折ありますが、残業代を払わないにもかかわらず早く帰ったら天引きなど、そんな企業にとって都合の良い制度が、労働者保護を謳う労働基準法に存在するはずがありません。裁量である以上、残業をしてもみなし労働時間以上の賃金が出ない一方で、さっさと帰っても、それは労働者が決めた勤務スタイルなわけですから、会社が口出しすることはできないのです。

出社を命じることはできるの?

時間的な裁量はあるものの、情報漏洩リスク等に鑑み、勤務を会社で行うこと自体は命じることができるでしょう。ただ、時間的拘束まではできないので、働くとしたら会社で、というのが限度でしょう。会社に出勤しなかった日については、たとえ在宅で仕事をしていたとしても欠勤と扱うことは理論上できるとも思いますが、裁量労働制を採ることが望ましい場合には、在宅業務も視野に入れて制度設計した方が良いような気がします。実際、自由な働き方として、「時間」だけでなく「場所」にも拘らない働き方が増えています。

そして労働法も、働く場所に関しては何も言っていないのです。会社で働かなければならないという条文は存在せず、会社が認めれば在宅で勤務することも可能です。具体的には、雇用契約書等の書面の勤務場所に自宅を加えることで在宅勤務は可能となります。また、労働者の申請に対して会社が許可した場合もできるでしょう。

裁量労働制が適用される業務以外に従事してはダメ!

裁量労働制の対象業務をしていたとしても、対象業務以外の業務に恒常的に就かせていた場合は無効となりますので、対象業務に専念させる必要があります。たまに雑用をお願いすることは許されるでしょうが、どの程度他の業務を任せることができるかは難しい部分もあるでしょう。別の制度においてですが、「付随的業務」の割合が1割以内であれば差し支えないとされていることから、対象業務に9割以上従事していれば常態として従事していると言えるという解釈ができる可能性はあります。

したがって、対象業務をしつつ、営業や経理もしているのであれば、対象業務についても裁量労働制の適用が否定されることになるので、ある程度の規模の会社を想定していると考えられるでしょう。

裁量労働制のもとでも適用される法規制

裁量労働制をとっていても、休憩、休日、時間外・休日労働、深夜業の規制は及びます。したがって、休日に出勤すれば休日手当を支払う必要があります。裁量労働制は、1日の労働時間を●時間とみなす制度ではありますが、賃金の計算の基礎となっているのは契約上の労働日だけですので、労働日でない休日に出勤すれば基本給に含まれていないことになるため、別途賃金を払う必要があるとされています。しかし一方で、平日に早退しながら、休日に働かれると、ある意味裁量労働制の趣旨を骨抜きにしかねない部分もあるため、一般的には、休日出勤は許可制とした上で振替休日をとる制度を設け、全体としての出勤日をコントロールするケースも良く見受けられます。

また、深夜に仕事をすれば深夜手当を支給する必要があります。そして時間外労働についても、裁量労働制の場合みなし労働時間を決めることになるのですが、例えばこれを「9時間」と定めれば、1時間の残業代を毎日支払う必要があります。これは、仮に5時間で帰った日があっても、9時間働いたものとみなすため、やはり1時間の残業代を支払う必要があります。(もっともこの部分については、みなし残業代として既に給料に組み込まれているケースが大半ですが)

「裁量労働制」を正しく理解しよう

こう見ると、現実の「裁量労働制」が法律で想定しているものとかなり乖離していることが分かったのではないでしょうか。世の中には、こき使っても残業代を払わなくて良い制度だと勘違いして考える方もいらっしゃいますが、そもそもこき使えることを想定しておらず、労働者の自主的な勤務により成果を上げてもらうことを念頭に置いた制度となっております。

この文章を読んだだけでも、ほとんどの会社が違法な裁量労働制を運用している疑いがあるのは容易に分かるでしょう。違法な裁量労働制と判断された場合には、残業代全額を対象社員全員に支払う必要があるため、数千万円単位の支払を命じられることもあります。定額制の部分のみに目が行き、安易に裁量労働制を導入しがちですが、今一度立ち止まって、どのような労働環境の設計をすべきなのか専門家と相談しながら考えるべきだろうと思います。

一方で労働者の方としても、違法な裁量労働制であれば残業代を請求できる可能性があることから、日頃から防衛策として労働時間の管理をしておくことをお勧めします。その上でしかるべき残業代を請求し、しっかりした対価を回収すべきでしょう。労働者の方が声を上げないから、違法労働が野放しになっているのです。

次回は、導入手続について、解説しようと思います。企画業務型裁量労働制については、また時間があれば、後日、書かせていただければと思います。

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