インフルエンザの労務管理①出勤停止命令の可否
目次
「インフルエンザ」で検索してこのホームページに辿り着く方が多くおられ、以前掲載したインフルエンザの記事が割と反響をいただいたのかなと思っているのですが、初めての記事だったこともあってとりあえず載せてみた部分もあります。なので、従業員がインフルエンザに罹った場合の労務管理について、今一度整理をしてみようと思います。長くなるので2回に分けます。
企業ごとに「なぁなぁ」で運用されている部分もあり、実務上もきっちりした考え方があるわけではないのが正直なところなので、あくまで私なりの解釈と意見であることを前提に、お読みいただけると幸いです。
(以前の記事)
インフルエンザに罹った従業員への出勤停止命令は可能?
インフルエンザを取り巻く法律
インフルエンザはその強大な感染力も相まって、法律上は様々な規定が存在します。
労働安全衛生法第68条
事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかつた労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない。労働安全衛生規則第61条
1 事業者は、次の各号のいずれかに該当する者については、その就業を禁止しなければならない。ただし、第一号に掲げる者について伝染予防の措置をした場合は、この限りでない。
一 病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかった者
二 心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく憎悪するおそれのあるものにかかった者
三 前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかった者
2 事業者は、前項の規定により、就業を禁止しようとするときは、あらかじめ、産業医その他専門の医師の意見をきかなければならない。
と規定されております。インフルエンザはここに引っかかってくるようにも思えますが、行政解釈上は、インフルエンザはこの条文の適用外とされているようです。(厚生労働省ホームページのQ4参照)
感染症法第18条
1 都道府県知事は、一類感染症の患者及び二類感染症、三類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者又は無症状病原体保有者に係る第十二条第一項の規定による届出を受けた場合において、当該感染症のまん延を防止するため必要があると認めるときは、当該者又はその保護者に対し、当該届出の内容その他の厚生労働省令で定める事項を書面により通知することができる。
2 前項に規定する患者及び無症状病原体保有者は、当該者又はその保護者が同項の規定による通知を受けた場合には、感染症を公衆にまん延させるおそれがある業務として感染症ごとに厚生労働省令で定める業務に、そのおそれがなくなるまでの期間として感染症ごとに厚生労働省令で定める期間従事してはならない。
ここで、おもむろに「新型インフルエンザ」という単語が法律に出てきました。ちなみに、よくある季節性インフルエンザは該当しないとされています。
厚生労働省のホームページによると、季節性インフルエンザは第5類感染症に分類されると考えられています。
五月雨で法律の条文を挙げましたが、インフルエンザについては、法律上様々な規定があるのが分かると思います。新型インフルエンザについては、都道府県知事が就業制限を出せることを考えれば、出勤停止命令を出しても良いように思われますが、あくまで都道府県知事が感染症法上の通知を出す必要があるとすれば、会社としてこの条文を出勤停止命令の拠り所とするには、やや躊躇を覚えます。
このように、基本的にはインフルエンザに罹った従業員の出勤は、法によって規律されているわけではないと考えられます。したがって、インフルエンザに罹った従業員の対応は、もっぱら解釈に委ねられています。
では、インフルエンザに罹った従業員に対して出勤停止命令を出せるのかどうかについては、就業規則等に規定を置いておいた方が、後日のトラブルは避けられるとは思うものの、出勤停止命令自体は会社の裁量の範囲と考えられるでしょう。一般的には、インフルエンザに罹った場合には、労務不能ないしは労務提供困難と判断されるでしょうから、出勤停止命令を下すこと自体はできると考えられます。
健康配慮義務
会社側には、インフルエンザに罹った従業員の健康に配慮する義務もありますし、他の従業員の健康に配慮する義務も当然にありますので、感染拡大を防ぐために、出勤停止命令を出すこと自体には、合理性があるのが通常です。むしろ、インフルエンザに罹っても出勤を命じる会社をブラック企業と呼ぶ現代社会においては、その裏返しとして、出勤停止命令はできると考えることもできそうです。
健康配慮義務とは、一般的には「精神疾患や過労死等を防ぐため労働環境を整備し、もって従業員の心身の健康を維持する義務」として、裁判上で発達してきた概念です。ただ現在では、様々な事柄に対して使われるようになっており、労働安全衛生法などの法律によって基礎づけられる会社側の義務を健康配慮義務ということもあります。そして、平成19年に制定された労働契約法にも、健康配慮義務についての記載があります。
労働契約法第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
内容が抽象的であり、直接何か法的拘束力を持つわけではありませんが、会社の行動指針としての意味合いはあります。
家族がインフルエンザに罹った場合は?
一方、家族がインフルエンザに罹った場合も、感染拡大防止の努力が要請されていることに鑑みれば、出勤停止命令を出すこと自体は不可能ではないと考えられます。ただし、自らは症状が出ていないため、出勤停止以外に方法が無いか検討された方が良いでしょう。マスクの着用を義務付けたり、会議等には参加しない、在宅勤務を命じるなど、の例があります。実際、症状も無く働ける従業員を出勤停止にまですることは、私自身も違和感がありますし、少なくとも医師の意見を踏まえて判断すべき事柄に思えます。
今の時代、在宅勤務を可とする会社もあり、より柔軟に働ける環境を整えることも重要になってくるでしょう。会社に来るか休むかの二択というのは、いささか運用の硬直化を招く可能性があります。在宅勤務は勤怠管理の難しさはありますが、その点は会社側が克服していくものであり、少しずつでも制度を設計・構築していくべきでしょう。事が起こってからでは遅い部分もありますので。
出勤停止の命令を下すにあたって
出勤停止命令の期間はどのくらいが妥当?
医師の診断書に基づいて行うべきでしょう。会社の判断で決めてしまうと、不必要に長い期間休ませてしまったり、逆に短過ぎてインフルエンザが完治せずに出勤させてしまい、二次感染が生じたりする可能性があるためです。
インフルエンザは傷病手当金の対象になる?
会社の健康保険に加入されている場合は受けられる可能性があるので、正確に知りたい場合には加入している健康保険組合に聞いた方が良いでしょう。(例えば、旦那様の健康保険に被扶養者として加入している奥様が罹った場合は、出ない可能性が高いと考えられます)なお、国民健康保険(いわゆる国保)には傷病手当金の制度はありません。
その上でですが、まず4日以上仕事を休んでいることが条件であり、最初の3日間は待期期間となり、手当金を受けられません。もっとも、この期間には、有給休暇や土日・祝日などの会社所定の休日も含まれるので、金曜日から休んでいれば月曜日が4日目になります。また、金曜日の勤務中に具合が悪くなり早退しても、金曜日を1日としてカウントするので、やはり月曜日が4日目になります。(金曜日に具合が悪くても、早退せず働いた場合は金曜日が労務不能ではなかったことになるので、土曜日からカウントされるのが通常です)
そして、支給されるのは4日目以降の欠勤日分ですので、最初の3日間は(有給を使わなければ)原則としてゼロ円になります。なお、細かい計算はありますが、傷病手当金の額は凡そ基本給の3分の2程度です。
療養のための労務不能であることが要件となっているため、意思に業務内容を伝えて、医師の診断書をとる必要が通常はあります。あくまで、健康保険組合が、医師の意見及び労働者の業務内容やその他の諸条件を考慮して判断することになりますので、診断書に労務不能と書かれていても、必ず出るわけではありません。
また、給与が一部だけ支給されている場合は、傷病手当金から給与支給分を減額して支給されます。したがって、有給を利用した場合は、当該日については、傷病手当金は出ません。
次回は、出勤停止命令期間の賃金処理について、そして、インフルエンザに罹った従業員をそのまま出勤させたことによってインフルエンザが職場に蔓延してしまった場合のリスクについて検討しようと思います。
思いつく限りの問題点を考えてみると、かなり多くの法的問題が孕んでいるなぁと実感しております。病気の場合には、なんとなく有給処理などでごまかしてきた会社さんも多いでしょうから、これを機に法的リスクを分析してみることをお勧めしたいと思っています。