有期雇用の無期転換②受け入れる準備
目次
前回は無期転換を申し込む時の条件について解説しましたが、今回はいざ申込みがあった場合どういった流れになるのかを解説したいと思います。
効力の発生時期は?契約内容は変わる?
労働者からの申込があった時点で成立
申込みの方法を定められるというのは前回触れましたが、その所定の方法により申込があった時点で無期労働契約は成立します。但し、あくまで契約が成立するのみです。実際に無期労働契約が開始するのは、現在締結している有期労働契約が終了した翌日からということになります。
つまり、2018年1月1日~12月31日を期間とする1年間の有期労働契約を締結している労働者が、2018年9月1日に無期雇用転換を申し込んできた場合は、2018年9月1日に「2019年1月1日を始点とする無期労働契約」が成立する、ということになります。
契約内容は有期労働契約の内容を引き継ぐ
前回に載せた労働契約法第18条をまずは見てみましょう。先ほど触れた、無期労働契約の開始時期についてもこちらで触れられていますね。
(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
第十八条 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
前回は前半を中心に解説しましたが、今回は後半(青字)を見てみます。
()が読みづらいので省略すると、「期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件とする。」となります。つまり、有期契約労働者として働いていた頃と同じ条件ということです。
「別段の定め」とは
まず「別段の定め」を何に定めるかですが、方法としては「個別合意」「就業規則」「労働協約」の3つが挙げられます。各々、関連する法律が異なるため注意が必要です。
個別合意
使用者が労働者にしっかりと説明し、労働者の合意が得られるのであれば個別合意という形が取れます。但し、有期労働契約の内容より不利になる場合など、労働者が納得しづらい条件を提示する場合は、かなり慎重な対応が求められます。また、個別に合意出来るからと言って人毎に差異が出るような契約にすると、これも労働者の合意が得づらくなるため、控えた方が賢明でしょう。
また、就業規則や労働協約を下回るような内容はそれぞれ労働契約法第12条・労働組合法第16条に抵触しますので、就業規則や労働協約も確認した上で労働者に条件提示するようにしましょう。
労働契約法 第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働組合法 第十六条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。
就業規則
就業規則において別段の定めを設ける場合、適用される可能性のある法律が労働契約法第7条、第10条になります。どちらを適用すべきかは議論が分かれるところですが、まずは条文を見てみましょう。途中に出てくる「第十二条」は先ほど紹介したものです。
第七条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
就業規則に定める「別段の定め」が従来の契約より有利になる分には特に争う理由も無いため良いのですが、問題は従来の契約より不利になる場合です。
第7条と第10条の違いですが、第7条は「就業規則の条件が合理的であれば」変更可能、第10条は「『不利益の程度』『変更の必要性』『内容の相当性』『労働者への対応状況』その他の条件が総合的に合理的であれば」変更可能というものであり、第10条の方が変更のハードルが高くなっています。なので、雇用主としては極力第7条を適用したいところですが、どの状況であれば第7条が適用となるのでしょうか。
第7条は「締結する場合」、第10条は「変更する場合」であるため、まずは無期雇用契約が既に存在しているかどうかで適用される法律が変わるということになります。既に無期雇用契約に移行済の労働者に対しては当然第10条が適用されますが、どちらを適用すべきか議論が分かれるパターンもあります。
④は先ほどお伝えした通り第10条が適用されますので、問題は①~③です。
まず①の場合、まだ無期転換申込権はありません。この場合は無期契約はまだ締結しておらず、締結することも出来ないため、無期契約に係る定めを就業規則に置いたとしても、先ほどの労働者に対してはある意味関係無い話となることから、第7条が適用されると考えるのが一般的です。但し、既に有期契約を結んでいるため、「いずれ無期転換出来る」可能性があるとして第10条を類推適用出来るという主張もあるため注意が必要です。特に、実態として有期契約労働者との契約更新がほぼ確実に行われている事業所などでは、実質的に「無期雇用になれると労働者が判断しても仕方ない」と判断される可能性があります。
続いて②の場合は、無期転換申込権は得たがまだ行使していないというものです。ここについては、雇用主としては「まだ申し込まれてないのだから第7条で良いだろう」と判断したいところですが、労働者の申込を以ていつでも無期転換出来る状況ですから、既に無期契約の内容変更で不利益を被る対象として考えられるため、第10条が適用されると考えられています。
③は無期転換申込権は行使したものの、有期契約が残っているという状態です。②の時点で第10条が適用されると考えられている以上、こちらの場合は当然に第10条が適用されるものと考えられます。
労働協約
就業規則は何となくわかるけれども、労働協約はピンとこないという方のために、まずは労働協約について説明しましょう。
労働協約とは、賃金・労働時間等の労働条件や団体交渉のルール等について、「労働組合」と使用者の間で結ばれた約束事になります。就業規則と何が違うのかというと、労働組合と使用者の間で交渉して決める点です。就業規則は最終的に使用者が決定権を持つのに対し、労働協約は労働組合・使用者双方の同意を以て内容確定となります。そのため、就業規則に優先して適用されるものとされています。
そのような性質から、基本的に従前より労働者にとって不利益となる労働協約が締結される可能性自体が低いのですが、仮に締結された場合どうなるでしょうか。
労働組合側も同意して初めて成立することから、締結されている=同意があるということになるので、基本的には不利益となる労働協約でも有効と解されます。但し、有期契約労働者が無期転換する際にのみ不利益となるような内容の場合、不利益を被る有期契約労働者の意見を聞かずに進めたなど、組合内の意見集約・調整に公正さを欠いており、結果として不合理な労働条件となっている場合などは無効とされ、従前の(不利益になる前の)労働条件が適用される可能性が高いです。
また、労働協約は、対象となる労働組合の組合員にのみ効力が生じるのが原則であるため、それだけでは足りないケースが大半なので、併せて就業規則も労働協約の内容にそろえて変更するのが通常です。
どこに「別段の定め」を設けるべきか
では先述の3つのうち、どれを選ぶべきでしょうか。
優先されるという意味では労働協約に「別段の定め」を設けるのが良いでしょうが、不利益変更の場合、労働者(労働組合)の同意が取れる可能性は低くなりますし、組合員以外の労働者には、原則として適用されません。なので、現実的には就業規則に「別段の定め」を置くケースが多くなるかと思いますが、その場合でも先ほど述べた通り、遅れてしまうと結局労働者への対応等が必要となり、ハードルが高くなってしまいます。早め早めの対応が必要となるというわけです。
仮に労働者が少なく、経営者に協力的な場合は就業規則に別段の定めを設けるという手法は考えられますが、折角経営者に協力してくれていた労働者が非協力的になってしまわないよう、経営に余裕が出れば労働者に利益となる変更をするなど、バランスを取ることが大事だと考えます。
但し、労働協約>就業規則>労働契約(個別合意)の順に優先されることから、仮に個別合意で「別段の定め」を置いたところで労働協約や就業規則の内容を下回ることは出来ませんので、どこに定めを置くにしても現行の内容を全て把握した上で進めることが必要です。
無期転換申込みを受け入れるための準備
雇用形態
無期転換を受け入れたとして、今後「契約社員」のまま扱うのか、それとも「正社員」と扱うのかといったことも考えなければなりません。先述の2つ以外にもいくつか考えられますので、まずは列挙してみます。
- 今まで通り「契約社員」と位置づけつつ、契約期間のみ無期とする
- 「正社員」として取り扱う
- 無期転換した従業員用に新たな独自の雇用形態を作成する
- 上記の選択を従業員に委ねる
基本的には、「雇用が保証される」というメリットを従業員に与えることから、それに見合った業務量を期待したいところなので、「正社員」として扱うなり、新たな雇用形態を提示して従来より責任や業務範囲を大きくするなりといった対応をしたいところですが、その場合はそれに向けた制度の整備が必要となります。各々見ていきましょう。
従来通り扱う場合
従来通り扱う場合は特に受け入れ後の準備は必要ありません。契約期間を「無期」とするだけです。規定の修正も、有期契約には存在しなかった「定年に関する規定」を追加するなど最低限で足りると思われますので、手続き上は楽になることがメリットです。デメリットとしては、業務の範囲が増えるわけでも無いのに解雇(雇止め)は困難になるため、使用者側の負担のみが増えてしまうことです。
但し「最低限」とは言っても従来の有期契約労働者就業規則が「短期であること」を前提に作られていた場合は、賃金の見直し条項や休職規程、解雇・懲戒規程等を追加する必要があるため、入念なチェックは当然必要となってきます。また、有期契約でも同様ですが、実質的に正社員と同等の仕事を与えているにも関わらず正社員との待遇格差が生じていないかなどの確認も併せて行う必要があります。
正社員として扱う場合
こちらについても、既に正社員用の就業規則が存在しているはずなので、特段の準備は必要ありません。契約期間の修正等も必要無いため、現行の内容次第では従来通り扱う以上に手続きは簡素に出来るかもしれません。その上、今まで有期契約社員の業務範囲を正社員より狭めていた場合などは、今後任せられる業務の範囲も広がり、使用者にとってもメリットにもなりえます。
但し注意すべき点としては、例えば有期契約社員の勤務場所は限定していた一方で正社員には全国転勤を命じていた場合などは、無期転換後にトラブルとなりうることであったり、勤務内容についても、急に範囲を広げられてもついていけない従業員が出てくる懸念があることから、研修や補助などの体制については整えていく必要があることなどがあげられます。規則上は楽ですが、実務上はかなり念入りな準備が必要になる可能性があります。
また、全国転勤は受け入れられないと言ってくる従業員も出てくる可能性がありますが、それを理由に無期転換を拒否することは出来ないため、状況によっては先述の「従来通り扱う場合」とせざるを得なくなる可能性もあります。そのリスクに備えるため、有期契約労働者就業規則についてもやはり修正を加えておく方が無難でしょう。
加えて、正社員に対し累積評価による給与を設定していた場合などは、無期転換した場合どの評価からスタートとするのかといった運用面での検討も必要です。仮に40歳で無期転換し正社員となったにも関わらず新卒の社員と同等の給与からスタートとしてしまっては紛争のもとです。給与面はやはり労働者にとっては重要なポイントなので、しっかりと納得してもらえるような運用としましょう。
独自の雇用形態を作成する場合
呼び方は色々ありますが、例えば「限定正社員」「プロフェッショナルスタッフ」など、とにかく「有期契約社員」ではないが「正社員」とも異なるという従来とは異なる立ち位置を設ける場合です。一般には「有期契約社員」より責任や業務の範囲を大きくしたいが、「正社員」同等とまですることは難しいと判断した場合に取られうる手法です。
この場合、「有期契約労働者就業規則」「正社員就業規則」ともに適用出来ませんので、新たな就業規則を作成する必要が出てきます。なので手続き上はかなり負担が増してしまいますが、無期転換を申し込む従業員の平均的な能力に応じた適切な業務範囲を設定することが出来るため、中長期的な人材育成プランを考えるにあたっては、これが最も適切な方法とも言えるかもしれません。
注意すべき点としては、使用者都合で責任や業務の範囲は大きくしている一方で、給与や待遇の面では正社員に劣るような場合、俗に言う「同一労働同一賃金」の問題が生じますので、有期契約社員・正社員との待遇格差が不合理なものとなっていないか、細心の注意を払うべき点が挙げられます。
従業員が選択出来るようにする場合
従業員が上記の働き方を選択出来るようにする場合です。従業員にとっては、今まで通りの働き方を希望する場合は従来通りにも出来るし、よりステップアップしていきたい場合には正社員登用を希望することも出来るので、モチベーションを上げやすくなります。一方で、わかるかもしれませんが、先ほどまで述べてきたような対応全てを取らないといけないため、規則修正や研修準備などあらゆる面での準備が必要となってしまいます。
また、正社員を希望していたのにそれを認めなかったなど、従業員の希望と使用者の思惑に齟齬があった場合は紛争を招きかねないため、例えば有期契約時の成果によって選択可能な範囲を定めるなど、予め制度を整備・周知しておくことも求められます。
選択とは異なりますが、初めは従来通りの待遇とし、従業員の希望があれば正社員登用試験や限定正社員登用試験を受験でき、その結果次第で正社員・限定正社員として登用するという制度にすることも可能ですし、こちらの方が紛争になる可能性は抑えられるかもしれません。但し、当然ながら受験資格や試験内容の検討等は必要となってきます。
準備不足により想定されるトラブル
無期転換時の扱いを定めていない、もしくは定めていても周知されていない場合はどうなるでしょうか。
まず、「当然に正社員として扱われるものと思っていた」従業員が出てくる可能性があります。実態としては、冒頭に記載した労働契約法第18条では「有期契約労働者」を「無期契約労働者」に転換することしか定めておらず、「正社員」として転換するとは定められていません。さらに、「期間の定めを除き、無期転換前の有期労働契約の労働条件と同一とする」という原則が記載されていることから、特に「別段の定め」が無い場合は本来であれば無期契約になる以外は従来通りとなるのが法の解釈となります。しかしながら、正社員就業規則に「『正社員』とは、期間の定めの無い労働契約を締結している労働者を指す。」といったような定めがある場合、無期転換した従業員も含まれると見なされるリスクもあり、予想していなかった多額の人件費を負担することになってしまう危険があります。
逆に、「有期契約労働者就業規則が適用されると考えていた」従業員のケースです。先ほど言ったようにそれは正しいのですが、ここに定年についての記載が無かった場合などは、「使用者側は当然に60歳が定年と思っていたが、無期転換した労働者は定年の定めは無いと考えていた」といった問題が生じてしまいます。そうすると退職者数の予測が付かなくなり、雇用管理が困難になってしまいます。他にも、懲戒・解雇規程が緩く、悪事を働いた従業員を罰することが出来ず、かといって契約終了による雇止めも不可能といった事態を招くことも起こりえます。
こういったトラブルを防ぐためにも、今からでも準備に取り掛かることが必要と言えるでしょう。