プロ野球選手はトレードを拒否出来ない?
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「何で勝手にトレードしてるんだよ」と思いながら、その後阪神からトレードで来た関川浩一選手や久慈照嘉選手が活躍して優勝したのでまぁいっかと思い、「矢野輝弘(当時。現在は燿大)選手は阪神に移籍して正解だったな」としみじみしたり、その後しばらくして山﨑武司選手がオリックスにトレードされて「ぬおーっ」となりつつも楽天でホームラン王と打点王を取ってほっこりしたり・・・
トレードにまつわる思い出はたくさんあります。最近では、糸井嘉男選手がオリックスバファローズにトレードされたのが記憶に新しいですね。今はFAで阪神に移籍しましたが・・・。
※ 中日・岩瀬「人的補償」拒否騒動の球界への波紋 (東スポWeb2018/1/18)
弁護士になってふと、球団と選手の間の契約って一体何なのだと思い、「どういう法的根拠があってこういうトレードが成り立っているのか」調べてみましたので、日本プロ野球選手会公認選手代理人として解説したいと思います。
トレード制度について
一般には、所属する選手を球団同士で互いに交換する「交換トレード」が主流かと思いますが、トレード制度には一方の球団のみが選手を譲渡し、もう一方の球団は金銭を支払う「金銭トレード」、さらにはその両方が混じったトレードや、無償トレードもあります。
(3球団以上で行う三角トレード等もありますが、ここでは割愛します)
トレードに選手の同意が不要なのはなぜ?
お気づきの通りこのトレード制度では、「選手の同意なく球団同士で実施できる」とされています。だからこそ、選手が拒否したり、本人が新聞でトレードの事実を知るなどといったトラブルが発生するわけです。
このように、本来一番の利害関係人であり当事者性を有している選手を差し置いて、球団だけでトレードが出来るのか、私だけでなくこのブログを読まれているみなさんも疑問を持たれたことがあるのではないでしょうか。
契約上の地位を第三者に移転させる場合、その契約の相手方の同意が必要と考えられています。感覚的には当然でしょう。だって、自分の知らない所で勝手に契約者が変わっていたらビックリしませんか。NTTドコモの携帯を使っていたら急にソフトバンクモバイルになっていたとか、急に明日から君の勤める会社変わるからと言われたとか、そんなことがあれば誰もが驚くでしょう。それはプロ野球選手も変わらないはずです。
統一契約書21条とは
プロ野球において球団と選手との間でプロ野球選手契約を結ぶ場合、「統一契約書」というものを用いなければならないとされています。約款のイメージを持っていただければ分かりやすいかもしれませんが、球団と選手はどの選手であっても同じ契約書が使われています。
そしてその統一契約書には興味深い定めがあります。
第21条(契約の譲渡)
選手は球団が選手契約による球団の権利義務譲渡のため、日本プロフェッショナル野球協約に従い本契約を参稼期間中および契約保留期間中、日本プロフェッショナル野球組織に属するいずれかの球団へ譲渡できることを承諾する。(日本プロ野球選手会ホームページ掲載の統一契約書から抜粋) 引用元
このように、プロ野球選手は入団する際に「トレードがあった場合に異議を言わない」ことを予め包括的に同意しているのです。トレード制度は、この契約条項を用いて法律上適法に行われているというのが法律的な分析になるでしょう。
ただ、何も分からないまま、プロ野球選手になれるという興奮と憧れを抱いた選手の期待や夢の裏に、このような項目をしれっと入れていることにはなんだかなぁと思ったりはしてしまいますね・・・江川卓選手と小林繁選手のようにトレードがドラマを生むことは間違いありませんが・・・
他の法律にひっかからないのか?
企業が従業員を転籍させる際には労働者の個別の同意が必要
入団段階でトレードの包括的同意を取るのは、出向における包括的同意について就業規則に定めておくのと似た感覚があります。
出向の法的性質については様々な議論がありますが、就業規則等において出向の条件が整備され、出向先の労働条件について労働者の利益にも配慮されている場合には包括的同意で足りると実務上は考えられており、グループ会社を持つような大企業では出向が日常的であり、いちいち個別に同意を取ると人事政策に支障が出るからという事情があります。
しかしながら出向の場合は出向元に籍を置くので、トレードは労働法分野で言えばむしろ完全に移籍する「転籍」と同じ性質なのでしょう。転籍の場合には完全に契約関係も移籍先に移るので、労働者の個別の同意が必要と解されております。
民法第625条第1項
「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」
転籍の際に個別同意が必要な理由は、この民法第625条第1項が根拠とされています。
プロ野球選手は「労働者」と見なされるのか
したがって、プロ野球選手が球団の労働者と言えれば統一契約書第21条は無効だと言えるわけですが、一般的にはプロ野球選手は労働者ではないと考えられており(但し選手会は労働組合として認可されております。ただ、「労働契約」における労働と「労働組合」における労働の法的意味は異なるとされています)、現在では統一契約書がまかり通っているのが現状です。(プロ野球選手が労働者ということになると少しイメージとは異なるのは確かですね・・・)
一方で、球団が自らの権限の大きさを背景に自らに有利な内容の契約を選手に押し付けているとして、独占禁止法第2条第9項5号の「優越的地位の濫用」にあたるのではないか、という議論もされていたりします。最近でも、読売ジャイアンツが山口俊選手との契約の見直しを行なったことについて、選手会から独占禁止法に違反する疑いがあるとの意見が表明されています。
読売巨人軍による山口俊選手への処分等に関して (プロ野球選手会ホームページ)
その年に好成績を残した等の理由でむしろ球団側が慰留するなど、力関係が逆転することもあるため、選手ごとに個別判断せざるを得ないとすると、統一的に扱うことができず、その基準も曖昧であり契約更改がスムーズにいかないという反論も考えられるでしょう。これ自体は私も法的議論には興味があるものの、現在では「なぁなぁ」で運用されているという印象です。(私としては独占禁止法違反というのはダイナミックで魅力的だと思ってはいますが、もっと理論の精査が必要でしょう)
移籍制限の議論
なお移籍制限については、公正取引委員会が独占禁止法に違反するかどうかの検証を2017年8月から行っており、2018年2月にその結果を報告するようですね。今回は移籍制限ではなく、球団が勝手に選手を移籍させることの問題なので、厳密には違う場面ですが「球団と選手とのパワーバランスの差から生じる選手の不利益」という点では一緒なので、この点はまた公正取引委員会の報告書が発表されてからこちらでも検証できればと思っています。
芸能人らの移籍制限「違法の恐れ」 公取委、見解公表へ
スポーツ選手や芸能タレントなどフリーランスの働き方をする人に対して、不当な移籍制限などを一方的に課すことは、独占禁止法違反にあたる恐れがあると、公正取引委員会の有識者会議が示す方針を固めたことがわかった。公取委は2月にも結論を公表し、適切な人材獲得競争を促す。(朝日新聞デジタル 2018/1/19の記事から抜粋)引用元
まとめ
以上から、統一契約書を根拠とするとトレードの拒否は難しく、統一契約書を無効とする論理についても、確立した解釈がない部分もあるため、今後の議論の蓄積が待たれるところです。
なお、Jリーグの日本サッカー協会選手契約書にはトレード承諾条項はなく、メジャーリーグでもトレードの拒否権が一定の選手に認められていることを考えれば、今後プロ野球においても、選手の意向をできる限り尊重する方向で議論が進んでほしいなと思っています。ただ一方で、阪神の矢野選手のようにトレードをきっかけに大成する事例など、トレードは人生を変える可能性もあります。また、プロ野球界を震撼させるビッグニュースにもなりうることから、一ファンとしては今のままでも良い面はあるんだろうなと思ってはいます。
ちなみに冒頭の岩瀬選手についてですが、FAの補償選手はフリーエージェント規約第10条第7項により、移籍を拒否出来ないとされています。
第10条(球団の補償)
7 本条3項及び4項の規定により,旧球団から指名された獲得球団の選手は,その指名による移籍を拒否することはできない。当該選手が,移籍を拒否した場合は,同選手は資格停止選手となり,旧球団への補償については,本条第3項(2)号又は本条第4項(2)号を準用する。(日本プロ野球選手会ホームページ掲載のフリーエージェント規約から抜粋) 引用元
記事が真実かどうかは分かりませんが、日本ハムの配慮で残留できたのだとすると、ドラゴンズファンとしては日本ハムに感謝してもしきれません。しかし、それにしても、我が球団は功労者への配慮が少し足りない気がするなぁと、井端弘和選手の読売移籍騒動を思い出したと同時に、FAで選手を抜かれながらも取りたい選手を取れなかった日本ハムに報いるためにも制度の整理は必要なんだろうなと思った次第です。まだ、江川選手の「空白の一日」事件のように、規約上も抜け道があるのかもしれません。何か発見があればまた更新します!(これだから弁護士は、と言われそうですが・・・)
最後に・・・私の好きなプロ野球選手は90年代前半のドラゴンズを支えた今中慎二投手です。あのような投手がまた出てくることを楽しみにしながら早20年、やはり人々の心を揺り動かす選手はなかなか出ないもんだなぁと実感したのでした。
以上、日本プロ野球選手会公認選手代理人に登録された記念の記事でした。